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光市の母子殺害事件です。
二審の差し戻し判決で無事、死刑が言い渡されました。
国民の普通の感覚と乖離しない結果になったと思います。
朝日新聞の記者が、本村さんに対して
「この判決によって死刑のハードルがさがったことについてどう思いますか?」
という悪辣な質問をしていましたが、死刑そのものを悪と決め付けた
ピントのずれた質問である上、おもしろいコメントが引き出せれば遺族感情なんて
どうでもいいという「マスゴミ」根性丸出しだと思いました。
私はマスゴミという言葉は好きではありませんが、こういうレベルの低い記者が
多ければ禁じ手的にこの言葉を用いざるを得ないと思います。
個人のレベルで、死刑廃止論を唱えることを非難している訳ではありません。
思想信条は自由です。一介の記者が自分の価値観を丸出しにした質問をしている
ことがおかしいと言っているのです。
あえていうなら、「この件が重要な判例として、今後の死刑のあり方に大きな影響を与える
ことについてどう思われますか?」が価値中立的でまともな日本語でしょう。
そうだとしてもピントがずれているような気がするのはこんなこと遺族に聞くようなことじゃ
ないから。法学者にコメントもらえばいいことなんですよ。そもそも。
まあ、そんな法学論議みたいなことしても数字とれないんですけど。
それはそうと、この事件では弁護団が「ドラえもん」まで持ち出してとんちんかんな
弁護をしていましたけど、「ドラえもんが助けてくれると思っていた」という理論でも
持ち出し、それが認められるでもしなければ死刑を回避できないような残酷な
事件だったということの証左でしょう。
私は、どんな鬼畜な殺人者に対してでも弁護人は万にひとつでもありえるような被告人の救うべき
点を引き出すのが仕事だと思っています。
ただ、事件の残酷性は残酷性として認め、反省を示すのではなく、
「ただ甘えたかったけどたまたま殺しちゃったんだよーん」という曲芸的な弁護方針で
かえって被告人を救いようのない状況においてしまった罪は重いと思います。
殺人者とはいえ、人間の命を左右している責任感はあったんでしょうか。
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2008.04.22 Tue l 未分類 l COM(2) TB(0) l top ▲

コメント

人は一度誰もが一人殺人を犯します。

それが寿命でも”殺したこと”になります。

故に他人を殺すとは自分を殺せない・・・・つまり、自分を救えないことに繋がります。

という考えもありますよ。

まあ、マスゴミは仕方ない・・・

死者は愚弄できませんけどね。
2008.04.23 Wed l Mr.. URL l 編集
他人を殺すと本来殺すはずの自分を殺せなく
なるので、自分の死は他人に執行してもらわ
なければならない、、ということですかね?
判決理由でまで、弁護団の訳のわからない
方針が死刑を回避不能なものにした、、と
述べられていて、今回の弁護士の経歴には
消しようのない大きな傷がついてしまいまし
たね。
2008.04.23 Wed l 音速丸5さい. URL l 編集

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